銀河英雄伝説 Novels

ミュラー列伝 <I>


”第6次イゼルローン攻略戦II”


11月6日ミューゼル分艦隊はイゼルローン回廊の中でほぼ同数の同盟
軍と相対していた.
「敵は2500隻か.さて,どのようにするかな」
ラインハルトは不適な笑いを浮かべた.

「閣下,分艦隊司令官閣下らの命令文です」
ヨードルは副官から命令文を受け取った.その文面には艦隊を紡錘陣形
にし,中央突破を行う旨が記されていた.
「この状況下で中央突破ですか.この命令は...」
副官はヨードルから渡された文面に目を通し,唸った.
「いや,以外といけるかもしれん.現在,敵は球形陣形である.普通は
包囲網を考えるが,中央突破をすれば敵の動揺を誘うことができるかも
しれん.そうなれば,あとは背面包囲で片づけられるかもしれんな.」
「なるほど.そうも考えられますな.うまくいきますかな?」
「可能性は大きいと思うぞ.なにせ,敵もまさか中央突破ということは
考えてないだろうからな.ミュラー中佐を呼んでくれ」
副官は艦隊運用士官であるミュラーをヨードルの元へ連れてきた.
「ミュラー中佐,早速だが我が分艦隊は中央突破を行う.そこで,我が
機動部隊はその先陣を務めることになった.しかし,ここで紡錘陣形を
悠長に整えていたら敵に中央突破を見透かされる.今から艦隊を中央突
破のために前進させるが,貴官には移動しながらの陣形再編成を命ずる
.」
「はっ,了解いたしました」
ミュラーは敬礼をしつつ,移動しながらの紡錘陣形編成について頭を回
していた.艦隊を移動させつつ紡錘陣形を整える,機動部隊単位でも困
難な仕事である.まずは,分艦隊の紡錘陣形について各機動部隊の位置
を確認し,その機動部隊毎に対する紡錘陣形の配置図を策定しなければ
ならない.ミュラーはクロップ少佐とレエル中尉に命令を発しながら,
自分は各機動部隊の運用士官に対して配置に関する情報のやり取りを行
っていた.
「よし,各機動部隊に対する配置に関しては分艦隊運用士官からの許可
がおりたぞ.我が機動部隊の詳細配置はどうだ?」
「はっ,今策定中です」
「どれ,まて,この戦艦と巡航艦の配置には問題がある.まずは,中央
には巡航艦を配置し,回りに戦艦を配置せよ.そうでなくては,側面が
弱くなり,分断されるおそれがある」
「はっ,わかりました.今シュミュレーションします」
レエル中尉とクロップ少佐は忙しそうにキーボードを動かしていた.
ミュラーはその側で自らもキーをたたき,二人の配置図を確認し,修正
し,移動に関するシュミュレーションを繰り返していた.
「よし,この配置でいくぞ.各艦に対して編成データを送付せよ」
「はっ.各艦に対して編成データを送付します」
機動部隊の編成データは各艦に送付され,各艦の艦長はそのデータを戦
術コンピュータにリンクし,それに基づいて自艦を操作する.この編成
データは良くできており,各艦はスムーズに移動しながらの編成を進め
つつあった.

「キルヒアイス,見事なものだな,ヨードル准将は」
「そのようですね.前進攻勢しながらの困難な部隊編成が実にスムーズ
です」
ラインハルトはスクリーンに映し出される分艦隊の編成表示を見ながら
敵の最も弱い部分を見極め,そこに突撃するように命じた.

「閣下,敵に中央突破されます!」
同盟軍のワイドボーン大佐は分艦隊指揮官のワーツ少将に叫んでいた.
ワーツ少将は球形陣形を布陣し,そこから敵の出方を見つつ柔軟に対応
する予定であった.しかし,常識外の中央突破戦法を帝国軍がとり,さ
らに驚異的な速度で同盟軍ワーツ分艦隊は分断されつつあった.
「ワイドボーン大佐,貴官はこの状態からどうすれば良いとおもう?」
ワーツ少将は分艦隊参謀長のワーツ大佐に問いかけた.
ワイドボーンは同盟軍の中でも秀才と言われる程の頭脳の持ち主である.
しかし,正攻法にこだわりすぎる面があった.この時も,帝国軍の中央
突破戦法に対して真っ向から対抗する様な考えを示した.しかしながら,
帝国軍の突撃の速度に対応できず,艦隊の再編成をする間も無いままに
艦隊が蹂躙されつつあるところであった.
「直撃きます!」
分艦隊旗艦に対し,帝国軍艦艇からの主砲が着弾しつつあった.

「敵分艦隊旗艦撃沈」
ミュラーはその情報を自席で聞いていた.
ヨードルはその報告に頷くと,すぐに情報を分艦隊旗艦に送付する旨を
発した.
「よし,この戦い勝てるぞ」
ヨードルもミュラーもお互い同じ事を思っていた.

「敵の組織的な攻撃は終わりました.」
ラインハルトは自席でヨードルからの報告を受けた.
「よし,これから掃討戦にうつる.各機動部隊は各個に掃討作戦を展開
せよ.」
「はっ」
スクリーンの向こう側でヨードルは敬礼をし,その姿は消えた.
「どうだ,キルヒアイス.ヨードルはやるじゃないか.」
「そうですね.今日の艦隊運用はすばらしいものがありましたね.」
「今日帰投したらヨードルと艦隊運用士官と会おう.そう言えば,運用
士官はキルヒアイスとは既知であったな.」
「ナイトハルト・ミュラー中佐です.」
「そうだな,夕食でも一緒にしよう.キルヒアイスご苦労だが手配して
おいてくれないか?」
「わかりました」
こうしてミュラーはラインハルトと直接話す機会を得たのである.

結局,この戦いで同盟軍ワーツ分艦隊は2500隻のうち,帰投した艦
艇が300隻未満と徹底的に掃滅され,かつ,10年来の秀才といわれ
るワイドボーン大佐が戦死したのであった.同盟軍にとって痛い一戦で
あった.


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