銀河英雄伝説 Novels

ミュラー列伝 <T>


”第6次イゼルローン攻略戦T”


グーデリアン艦隊はイゼルローンに到着した.同盟軍はまだイゼルロー
ン回廊内には到達してはいなかったが,近くの星域に大部隊を移動させ
ている旨の情報は入っていた.これらの情報も入ったことで,イゼルロ
ーンの中はこれからの戦闘に備えてごった返していた.ミュラーもその
ような中,艦隊運用に万全を期すべく,通信,指令系統の確認に追われ
ていた.帝国歴485年10月15日ミューゼル分艦隊ヨードル機動部
隊に出撃命令が下った.

この前日,同盟軍はイゼルローン回廊に到達し,帝国軍は今後の戦闘を
有利にすべく各艦隊の出撃命令が下された.無論,ミューゼル分艦隊に
も出撃命令が下された.出撃命令と言っても,各艦隊毎に出撃許可が要
請され,帝国軍首脳部はそれらに対して許可をしただけである.実際,
今回の迎撃を指揮するミュッケンベルガー元帥にしても,戦略レベルに
おいて各艦隊を統率する時期ではないと判断しており,同盟軍をイゼル
ローン回廊内に引き吊り込む為に有利に働くならばと考えているレベル
であった.それ故に,各艦隊においても勝手気ままな運用が許される余
地が残されたと言えよう.
このようなことから,ミューゼル少将はグーデリアン中将に出撃許可を
求めたのである.実際グーデリアン中将も現段階では出撃許可を却下す
る理由も持ち合わせておらず,また,ミューゼル分艦隊の能力そのもの
を客観的に評価することを考えていた.

「キルヒアイス,グーデリアン将軍はなかなか食えない人だぞ」
ラインハルトは笑いながらもキルヒアイスにそう言った.実際,ライン
ハルトはグーデリアンの思惑を読みとっており,また,この時期に自分
の能力を十二分に発揮することが必要だとも思っていた.
「ラインハルト様,これから各機動部隊の指揮官とお会いになりますか
?」
「そうだな,実際に反乱軍が回廊内に入ってくるまでは時間がかかるだ
ろうし,数回の出撃はあるだろう.補給と運用に関しても必要だと思う
から,各機動部隊の指揮官と補給,運用の担当者も一緒に来るように伝
えてくれ」
「わかりました.」
キルヒアイスはそれらの連絡事項を各機動部隊に伝えるべく通信士官の
もとに赴いた.そして,会議に必要な場所と資料を整え,あとは数時間
を待つばかりとなった.
「ミュラー中佐とヘルマン中佐を私のオフィスまで来るように伝えてく
れ」
ヨードル准将は副官に伝えた.
しばらく後,ミュラーはヨードル准将のオフィスに赴いた.
「ミュラー中佐入ります.」
「ん,入れ」
ミュラーが入るとすでに先客がいた.ヘルマン中佐である.彼はヨード
ル機動部隊の補給を担当している士官であった.ミュラーはヨードル准
将に敬礼をし,ヨードルは返礼をした.
「さて,ミュラー中佐,ヘルマン中佐,ミューゼル少将からの命令で,
我が機動部隊は出撃をすることになった.無論,ミューゼル分艦隊全体
が出撃をする.そこで,これから2時間後に分艦隊の旗艦において,今
後の方針と補給,運用に関する会議が開かれる.貴官らにはその会議に
私と一緒に出席をして欲しい.必要な資料をまとめ,1時間後に連絡挺
に乗り込み,移動しながら打ち合わせをする.何か質問は?」
ヨードルはそこまで言うと二人を見た.ヘルマン中佐がすかさず口を開
いた.
「1つ質問があります.出撃ですが,何日間,何回程なされるか閣下に
はおわかりになりますか?」
「うむ,詳細については私にもわからん.これは分艦隊旗艦においてミ
ューゼル少将から聞いた方がいいかもしれない.だが,私の考えでは1
回の出撃に約1日から2日程,これが十数回程繰り返されるかもしれな
いな.理由は,反乱軍は未だイゼルローン回廊内に到達はしていない.
そこで,イゼルローンに引き吊り込むために戦術的に攻勢をかけ,敵を
誘うのが一番であろう.今までの経験でもそのような例は多数ある.そ
こで,7回や8回ではなく,十数回程は出撃がなされるだろうと考えて
いる.」
「となりますと,艦隊運用も楽では有りませんな,閣下」
ミュラーは笑いながらヨードルに問いかけた.
「そうだな,出撃しつつ艦隊編成を行い,攻撃における運用,そして帰
投時の艦隊編成,補給と時間に追われることになるな.そのための準備
が必要である.貴官らにはその辺の計画に関する資料をまとめておいて
欲しい.」
ヨードルもまたこれからの出撃に関して苦労するなという印象を持って
いた.それはほぼミュラーやヘルマンの胸中と同じものであったが,ミ
ュラーはミューゼル少将の若さから何かするだろうなという想いが他に
あった.

「というわけで,我が分艦隊は2日間程の出撃を連日行い,敵を回廊内
に引き吊り込む作戦を行う.無論,各出撃毎に敵の戦力を奪うことも重
用である.」
ラインハルトは各機動部隊の指揮官,運用,補給の士官を見回した.
「出撃回数は十数回に及ぶ可能性がある.そのための運用,補給につい
て先ほどの指示通り用意しておくこととする」
ラインハルト旗下には7人の機動部隊指揮官が配置されているが,うち
4人が新任の准将であった.ラインハルトの推測通り,各機動部隊の指
揮官はラインハルトの作戦案に戸惑っていた.確かに,イゼルローン回
廊内に敵を引き吊り込むことは必要である.しかし,何もこちらから攻
勢をかけなくても,敵は勝手にやってくるのではないか,そういう想い
が各機動部隊の指揮官の胸中にはあった.ラインハルトが示した作戦案
は分艦隊が攻勢に出て,敵の出方を見るだけではなく,敵の戦力を削減
するということである.敵の戦力を削ぐことは必要ではあるが,たかだ
か分艦隊,それも3000隻程度の戦力で何ができるのかという想いが
各機動部隊指揮官の想いであった.また,十数回におよぶ出撃というの
も,彼らの予想の範囲を超えていた.今までに連日出撃をするという経
験が無いためである.よって,その運用と補給についてはどのようにす
れば良いのか戸惑うばかりでもあった.ラインハルトはその思惑をほぼ
読みとっていた.
しかし,ヨードル准将とその運用士官はそのような顔を見せず,しかも
ヨードル旗下の補給担当者は独自補給案まで策定していた.これはすで
にヨードル准将がラインハルトの思惑を読みとっており,運用,補給の
士官に伝え,すでにその打ち合わせを済ませているということである.
これにはラインハルトも驚きを覚えた.
「さすがだな,ヨードル准将は.そう思わないか?キルヒアイス」
「そうですね,しかし,ヨードル閣下だけでなく,その旗下の各士官も
優秀ですよ」
「ほう,なぜそう断言できる?」
「ミュラー中佐とは戦術会議で一緒でした.彼は包囲されている中から
味方を損害を最小に抑えつつ撤退させました.」
「その包囲していた軍はキルヒアイスが指揮していたということか?」
「違いますが,包囲網は優れたものでした」
「なるほどな.キルヒアイスが言うなら優秀だな.宿将の下に優秀な人
材か.今回の戦いはヨードル准将が重要な鍵を握っていそうだな」

「ミュラー中佐,ヘルマン中佐,ご苦労であった」
ヨードルは帰りの連絡挺の中で,二人の士官を労った.
「閣下,他の機動部隊指揮官は分艦隊司令のお考えに戸惑っていたよう
ですね」
「ミュラー中佐,貴官もそう見えたか?私も彼らの補給担当者の狼狽が
手に取るようにわかったよ」
ヘルマンは笑いながら話した.
「そうだな,貴官らの言うとおりだな.他の機動部隊指揮官はだいぶ戸
惑っていたようだ.無理もないだろう.何せ,今回7人の機動部隊指揮
官のうち,4人までが新任の指揮官なのだ.我々が分艦隊の鍵を握ると
言っても過言では無いかもしれないな.今日の様子をみていると」
ヨードルは考え深げに二人に話した.
ミュラーはラインハルトの側にいた赤毛の少佐を思いだしていた.
「あの少佐が居るのか.これはミューゼル少将の作戦指揮に期待できそ
うだな.」
ミュラーはこれからの戦いがどのようになっていくのか不安よりも楽し
みが先にたっていた.


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